ナポ
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2009/6/17 (Wed.)
仕事が忙しく、今年の夏も海に行けそうにない腹いせで、家庭用日焼けマシンを購入した。ベット大の機械にライト付の蓋がかぶさっている、魚焼きグリルを大きくしたような機械だ。部屋は手狭になってしまったが、安かったからしょうがない。使えなかったらリサイクルにでも売ってしまおう。 説明書を一通り読んでから、服を脱いで機械に入った。台に寝転がると、背中とシートがぺりぺりと汗でくっつく音がする。そのまま蓋を閉めると、ガチャリ、と大仰な音がして、機械は閉まった。密閉された空間。天井のライトは燦燦と照り輝き、瞼越しにまぶしい光が差し込んでくる。じっとりと熱いその中で、私は他にやる事もなく、ボンヤリと考え事を始めた。
ブルブルッ、と機械が大きく揺れた。
意外と振動があるものなんだなぁ、と思っていると、続けざまに機械はガタンガタンと揺れ、部屋の中でバタンバタンと何かが倒れるような音と衝撃が走った。何事かと思う間もなく、ふっとマシンのライトが消えた。 こりゃ地震か。しかも結構大きかったな。部屋の中が何事もなければいいのだけれど……そう願いながら、眉間に深くしわを刻んで、蓋を開け一旦外に出ようとしたが、蓋が開かない。内側のレバーをしっかりと回してから押してみても、さっきの地震で家具が倒れてきたのだろう、蓋の上に何か重いものが乗っているような抵抗があり、寝転がった力の入らない姿勢のままでは、到底動かせそうにない。
完全に閉じ込められてしまった。 真っ暗な、棺桶にもにた狭い空間の中で、どうすることもできない。1人暮らしのこの部屋に、誰かがやってくることなどないだろう。停電で電気が止まり、機械音がやんだ静寂の中で、身内が地震の速報を見てか、私の携帯がなっている。私はそれがやむまで、ただどうすることもできずに黙って耳を傾けているしかなかった。
やがて電気が復旧したようで、マシンのライトが再び強烈に輝き出した。
蓋はまだ開かない。
今日の一言
ナポ
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2009/6/17 (Wed.)
○「おかえりなさい」 ●ただいま。一仕事終わらせてきました。BASARAのアニメを見てたら、次回予告に本多忠勝が出ていたので、こりゃおちおち死んでられんと、慌てて蘇った次第です。
○「ナポさんお久しぶりです。色々とお忙しかったのだと思いますが、あまりに日記書かれてなかったのでちょっと心配してました。」 ●確かに死んだはずの あの男が返ってきたぜー ちょっと真面目に生きてみたらこんなことに。でも今回の件で思ったのは、実際に私が死んだ場合、誰がどういう形で伝えてくれるんでしょうか、ということ。もう死んでいる人の日記を、まだかなー更新まだかなーって待つのは、後でわかった時にちょっと後味悪いですよね。かくいう私も人間で、いつかはやがて確実に死ぬわけで。2代目を確立しておいて、いつか襲名すればいいのか。
休んでた(休んではいなかったけど)間にいただいた他の一言コメントは、隙みてちょくちょくお返事書いていきます。
Re:6月16日(火)の日記
ひょろ
2009/6/17 (Wed.)
中々全然音沙汰無かったので あぁこのサイトもいずれ更新されず消去されずネット海に沈むんだろなー って思ってた。2001頃に更新が止まったまま放置されてるサイトの様に。…取り敢えずお帰りーと言っとう。
今日の一言
ナポ
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2009/6/18 (Thurs.)
そんなに慌てて書き込まなくても。
○「腹が透けてるとなると内蔵パーツが丸見えだったりするのか、はたまたクリスタルだけで中は空っぽだったりするのかとか、いらんことを考えてしまいます。つまり何が言いたいかといいますと、クリスタルマン格好良いです。」 ●まず、「クリスタルマン」というくらいだから、あれは単なる透明なパーツじゃなくて、本物のクリスタルなんだと思うんですよ。そうだった場合、単なるクリスタルを胴体の真ん中にはめ込んだり、つないで腕にしたりすることに、機械的な意味があるのか? 強度的に問題はないのか? という事を考えると、やはりクリスタルの中に関節なり芯なりの機械パーツは描いておくのが、メカ描きとしての気配りかなと。有賀先生のアレンジでも中に機械は入っていましたが、有賀先生の絵は好きだからこそ極力真似しないようにしようと思っていても、こればっかりは描かない訳にはいかない気がするのです。透明じゃないとクリスタルじゃないですしね。
○「BASARAのアニメ化が決まった時に忠勝VS島津のライバル対決が見れると期待してたのにな〜」 ●見せ場だと思ってたんですけどねぇ。忠勝は次週予告に出てたので、実は生きてたという展開になるのかもしれませんが、島津はもう……さすがに無理だよなぁ。撃たれて斬られてしてたもんなぁ。でも、まぁよし。全体的に面白いからよし。復活した忠勝が、以前の借りを返すとばかりに濃姫に襲いかかり、ジャンプ特殊攻撃の直下ドリルで濃姫を地面に逆さまに、犬神家のように埋めてくれたりしないもんだろうか。と、私は期待しています。 長宗我部と毛利がこれから出てくるようなので、四国の機動兵器もどう描かれるのか楽しみなところ。風魔小太郎も最初のほうで負けてましたが、倒したはずの風魔小太郎が消えている……という演出があった(ような気がした)ので、後半になって不意打ち的に出てきて、とんでもない事をやってくれないかなぁ、というのは非常に楽しみなところです。 それと、五本槍って出ないの? それとも見逃した1話目に出てたの?
○「野生の熊が人に危害を加えたら、またやる可能性があるから駆除することになってるんですよね。怪獣がまたくるなんていやだなぁ、そのときにウルトラマンいるともかぎらないし。」 ●そうなんですよ。その「怪獣を殺さないで! 助けてあげて!」っていうのは、完全に上から目線な訳で、今回勝てたんだから、また来ても勝てるだろう、という勝手な想像の元に発せられてる言葉なのが気になるんですよね。ウルトラマンに頼って自分たちは何もしてねぇクセに。フィクションなので、怪獣も助けてくれた人間たちに感謝して海に帰って行きました、という話にはなっているけれど、怪獣ってそんなに頭がいいとは思えないんだよなぁ。 ウルトラマンが抱えて飛び立とうとする → 暴れて逃げる → また街を襲う → やむなくスペシウム射殺 → 後味わるーい。というのが、現実味のあるの展開なのかなと思います。確かに美談は人の心を動かすけれど、そればかりを見て慣れてしまうと、現実味のないやっかいな人間になってしまう気が。麓に下りてきて罠にかかった熊を殺すのはかわいそうだからとダダこねて、タグつけて逃がしてやったら、数日もしないうちにまた麓に下りてきて、小学生を食った、なんて事になったら目も当てられません。そもそも、どんな生き物も殺すのは絶対ダメ! という極端な道徳が変にはびこっている気がして怖いんですよね。外宇宙から宇宙人が地球を侵略しにやってきて、地球人が一丸となって宇宙人と殺し合いの大戦争でもやらない限り、人間が地球で一番偉いという勘違いからくるその概念は払拭できない気がするんですが。どうでしょ。 むしろ、人間も一つの動物であると言う観点から、人類に深刻な被害を与える生き物がいた場合、全力で滅ぼしてしまうのが種としての正解だと思うんですが。それでもあの人はダメっていう。
○「怪獣が街を破壊した後、建築ラッシュで景気UP!!つまり怪獣を逃がしたのは・・・」 ●逃がしてあげて、だけではなく、また来いよ! って意味だったのか!! 恐ろしいな。大人の社会恐ろしいな。勝つためならなんでもありだ。怪獣騒ぎに便乗して饅頭売ったりするのなんて、まだ微笑ましい方だったんだ。
○「今週のシンケン。近日見参!!シンケンゴールド!!三枚目かと思いきや、かなり強かったですねー。ナイスイアイ。そして烏賊折神、ディスクが鰭になるとは!ナイスギミック。今回の敵はかなり妖怪ぽかったですね。デザインからしてもう。声も似合ってました(私は樫井笙人さん〔タートルズのスプリンターの人〕がやると思ってた)。次回も楽しみです。では。」 ●一言返信が遅くなってしまいまして。スシチェンジャーは凄くベタな日本観だけど、誰も思いつかないし、思いついてもやらないなぁと思いました。子供はあの玩具買うのかな!? サカナマル買うのかな!? 座頭市スタイルの殺陣はカッコよかったんですが。ゴールドの人のコミカルな動きや、オーバーな表情、痩せ型のシルエットが、だんだん爆笑問題の太田さんに見えてきました。早く見慣れよう。 コメントいただいた週の外道衆はイサギツネですね。見た目は確かにスプリンター先生っぽいかも。その次の週のヒャクヤッパもカッコよかったですね。「百八刃」って書くんでしょうか。凄くいい名前だと思います。
今日はここまで。
御勅使川には死なないよ
ナポ
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2009/6/18 (Thurs.)
見ながら描きはしなかったけど、ヒントはもらった感じ。 以前から、ダム建設中のコンクリートマンという絵が描きたかったのだけれど、400×400の小さいキャンバスの中で、建設中のそれがダムだとわからせるのは難しいし、何より建設途中のダムには水が入っていないから、絵的に映えない。ううむどうしたもんか、そう悩んでいるところで御勅使川の氾濫と重機人間ユンボルを見て、こういう働き方もあるのか!! と、あたかも派遣社員のような口ぶりで閃いて描いた次第です。
ちなみに、コンクリート吹きつけ式じゃなくて、前に言っていた「上空に連続で撃ったコンクリートショットを空中でブロックにして大量に降らせ、堤防として積み上げていく式」です。
キャス豆腐
フジサ
2009/6/19 (Fri.)
>どんな生き物も殺すのは絶対ダメという極端な道徳
テレビ報道なんかで可哀そうな犬や猫を守ろう助けようとか、過剰な演出にうんざりすることもあるんですよ。 動物愛護とは聞こえはいいですけど、じゃあ可愛くない生き物は殺していいのか?って話もあったり。
小さな虫にも益虫と害虫がいて、それらの延長線上には生態系があって…という。
例えば草花に害のアブラムシはテントウムシが天敵で、対策のために自分の体液を提供してアリに守ってもらうとか。 こういう些細な関係が面白かったり。
ちょっと観点を変えるだけで、生き物のイメージは変わるんじゃないかと。 (まぁ、根っから虫や魚介類とかダメって人はしょうがないですけど)
木安豆腐
ナポ
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2009/6/20 (Sat.)
水族館で、展示している魚の餌用に金魚を泳がせておいたら、金魚がかわいそうだという苦情が殺到したので、かわりにドジョウを入れたら苦情が収まった、という話を、最近どこかで読みました。……どこだっただろう。 つまりそんなもんなんですよね。ドジョウだってちょっと色が地味でコミカルなフェイスをしてるってだけなのに、同情の余地なしですって。かといって金魚もドジョウも入れなかったら、展示してある魚が死んじゃいますしね。 でも、この感覚ちょっとわかるんですよね。実際、水族館の水槽に餌用の金魚が入れられているところを見たことあるんですが、一瞬驚いたと言うか、変な違和感はありました。芸人さんがやらされるようなことをアイドルの子がやらされていると、可哀想って言われる感覚とでもいうんでしょうか。この喩えは誰に失礼なのかわからなくなってきましたが。さすがにそれを見て苦情を言いはしないけどさ。 お祭りの会場で大きなお肉が串に刺さってグルグル焼かれているのを見て、美味しそうですねぇ、豚ですか? 牛ですか? それとも羊? と聞いて、いいえ、あれはパンダです、って答えが返ってきたら、やっぱりみんなあんまりいい顔しないよね。それが「可哀想」なのか「もったいない」なのかは知らないけれど。ちょっと食べてみたいですけどね。もう焼いちゃったならしょうがないよね、ね、などと言いながら。
命は大切。 だけど全ての命が平等ってのは理想であってホントじゃない。そうドルバッキーも言っていました。
あと思うのは、人間って、絶滅しそうな動物を片っ端から守ろうとしているよう見えるのだけれど、自然淘汰されそうな動物は、滅んでしまってしかるべきなんじゃないの? それすら守ってしまう事は、逆に生態系を狂わせることなんじゃないの? 大丈夫?
X8のエンディングがやけに脳裏をよぎります。
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