「敷島な日々 別館(絵板)」
                    ようこそ! こちらは 猫猫宮のブログ 「敷島な日々」の別館です
2005.Copyright nekoneko_gu Allright Reserved

[「敷島な日々TOPペ−ジへ」] [検 索] [削除用] [SIKISIMA's-Lab]

モード: 上書きパスワード ウィンドウ:

サイズ: x (50 x 50) - (1200 x 700) 情報非公開

パスワード

イラストの情報 サムネイル
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [次の5件]

[231] 一年の計は元旦にあり と言うこと

猫猫宮 2008/1/4 (Fri.) 01:06:16
やあ、敷島です。
正月ですね。
あけましておめでとう、諸君。
しかしね、ここのゾーンでそれを言ったのは、つい昨日の事の様な気がするよ。
なにせ、「ここに書き込むのがほぼ一年ぶり」なんだからね。

恐ろしいね。

何が恐ろしいって、「月日の経つのが早すぎる」って事についてだよ。

なんだか、誰かが時間を操る装置でも開発して、地球全体の時間を意図的に進めてしまっているかのようだ。

いや、もしかして本当に進めているのかもしれない・・・。

その時 我々は一体どうするべきだろう。

どうすることも出来ないね。

ただし、それに気が付く事はできる。
たとえば、日記やブログを書いたりすること。
そうすれば、昨日日記なりを書いたはずなのに、いきなり一週間がとばされてしまったとしても「あれ?」ってすぐに気が付くだろう?

元旦から日記を書き始めたくなる人が案外多い様な気がするのは、実は多くの人が無意識のうちにそれを感じて、何とかしなけりゃと日記を書きたくなるのかも知れないが、だが、結局それが解ったところでどうしようもないがね。

だが、ただ知らずに時間をとばされて行くよりはなんぼかましだろう?

それを裏付ける証拠に、こんなことわざがある。

「一年の計は元旦 にあり」

これを読んで、日記をつけ始めよう と決意を固める人は多い。
なぜだかね。
しかし、実はこのことわざには「日記をつけ始めよう」という意味のほかに「去年一年の日記を見て、どれだけ時間がとばされてしまったりか合計してみよう」って意味があるのかも知れない。

特に、三日坊主の諸君は気をつけたまえ。
「去年は三日しか日記をつけなかった」って言うことでは無くて、実は「去年の諸君の実質稼働時間は三日しか無かった」って事なんだからね。

今年から、用心深く日記をつけて、ま、せいぜい時間を誰かにとばされることのないよう、注意したまえよ。

じゃ、今年はこの辺で。
[] []

[Information]
Information
[お絵かきBBS.com 配信情報]
■漫画家やイラストレーターを目指したいけど、何から始めたら良いのか分からない…という初心者さん。
■プロにはなりたいけど、技術的な事を相談できる友達がいないんだよね〜…という学生さん。
■上手になりたいけど、今から専門学校に通うのも…というOLさん。
■暫く絵を描く事から離れていたけど、また始めようかな?…という主婦の方。

技術向上を目的とした仲間が沢山集まっています!!

■独学でそれなりに頑張ってきたけど…という中級者さんも、ご自身の実力を確かめてみませんか?

[230] 敷島的「京都買います」に見る現代社会の「ある問題点の萌芽」について

猫猫宮 2007/1/9 (Tue.) 03:22:16

 やあ、敷島です。とうとう、正月休みもおわってしまいましたね。
 で、がっかりされておられる方には、ちょっと朗報だよ。
 なんと、お友達の某氏に、「これは超私的なシュミの為の公開であり、営利目的の公開及び著作権の侵害の意図はありません」な 某サイトに公開されている「京都買います」の情報を頂いたのでね。
だが、コレを1人で見るには あまりに申し訳ない、と思うのでね。アドレスを載せておくので、「是非見てみたい!」と思われていた方は「是非ご覧下さい」。

ただし、いつ撤廃されるか解らないので、急いでくれたまえよ。


 ttp://www.youtube.com/watch?v=xPFbIBUB6mQ  (hがぬけているからね!)

※ ここからは内容についてお話しするから、先に画像を見たい方は、その後で来たまえよ。

  で、「京都買います」についてちよっとお話ししよう。
 これについて以前から聞き及んでいた情報及び感想では、「京都編のモデルになっているらしい」と「キチ○イの尼さんがでてくる」だったのだがね。

 たしかに「京都編のモデル」に関しては、ドンピシャ、というか、「そのもの」だったよ。
 「著作権の侵害」があるとしたら、引っかかりそうなくらいだ。
私、というか、敷島博士が綾子さんを追っかける所とか、二人でならんでどっかの寺の大山門の舞台から京都を眺めるところなんて、もう、まんまだ。
 私がいつ「一緒に京都へ帰ろう」と言ってしまうのか、みている本人もはらはらした位だし。なぜか言わなかったがね。
「一緒に東京へ」が監督のオリジナルだったって言うわけだが、そんな「ダメ人間」な所ばかりを追加していただいても、ちよっとうれしくは無いな。。。
 まあ、「なんでこの回だけ私はベ−ジュのダスタ−コ−トを着ているんだろう」、っていう長年の疑問が解決したのは良かったがね。
 今川監督も、「なにもここまで参考にしなくても」とは思うのだが、その反面「原作クラッシャ−と異名を取る彼がここまで原案に忠実だった事もあるまい」という事実を目の当たりにすると、実際監督の中では この「京都買います」はかなりのフェイバレットだったんだって事が解って、なかなか興味深いとは言える。

 で、もう一つの評判。「キチガイの尼さんが出てくる」件なんだが・・・。

 この「ミヤコさん」という女性は大層な仏像フェチ、というか、研究者で、大学教授と一緒に仏像を盗んでは 「仏像の国」を作るために隠しているんだが、なんだか、綾子さんというより、原作ロビ−の様な方のようだね。
 で、その方が 私のポジションである「ベ−ジュのダスタ−を着たちょっとぼんやりな彼」と一時恋に落ち、でも裏切られて、そのまま尼さんになり、なんと最後はその彼の目の前で「仏像」になってしまうんた゜よ。

 たしかに奇妙きてれつな話ではあるが・・・。

 実はね。私は彼女の行動や思考を全く変だと思わなかったんだ。
というよりも、「ぜんぜんOK」?っていうべきかな。仏像になるなら、箒は手離すべきだったとは思うがね。

 で、たしかに彼女の愛する対象が「仏像」であった事が渡井娘にとってはマイナス要因であったのかもしれないが、もしそれが稀覯本であったり、絵画等の美術品であったり宝石であったりしたならどうだっただろう。
一般的にも理解されやすかったのではないた゜ろうか。
美術品ばかりを狙う怪盗ルパンとか、怪人20面相とか、レオタ−ドの素晴らしい三姉妹の方々とか、今でもお仲間はたくさん
いらっしゃるし、ファンもいっぱいだ。

 それに、実は言いたくは無いんだが。。

「仏像になってしまうラスト」など、むしろ今の方々の方が「うんうん」と頷かれるんじゃないだろうかと思っているんだよ。

 考えてもご覧。
 もし、この「仏像」が「フィギュア」だったとしたらって。

 それはつまり、すでにこの現代ではアキバやブクロや、ビックサイトに群がる何万人もの方々が、総「綾子」いや「ミヤコ」さんだって事なんだ。
そして彼らの何割かはすでに今「自室という閉鎖空間に引きこもり、フィギュアの王国を築いている」のだからね。
 きっとかれらは「生身の人間よりもフィギュアを愛し、叶うなら自分もフィギュアになってフィギュアの美少女達に愛されたい」と思っていることだろう。

 もちろん、それは「フィギュア」に限らず、「ゲ−ム」でも「同人誌」でもいいが、オンラインゲ−ムなどはもはや「そういった方々の生存空間」となっている事だって考えうるね。
プレイヤ−の方々の中には「現実世界ではなく、そのゲ−ムの中の自分こそが本当の自分だ」ってお考えになっておられる方もおいでになるかもしれないんだ。

 さらに、今ではもっと自分の世界を具体化されておられる方々だっていらっしゃる。
ミヤコさんが仏像になった様に、自分を何かにしてしまう方々、そう、「コスプレイヤーの皆さん」だね。
 様々な「自分のなりたいキャラクタ−になりきってしまう事」は、ミヤコさんが仏像になる事と、どこが違うっていうんだろう。
 
 こうしてみると、世の中「キチ○イ」な方々ばかり、な感じもするが、まあ、この「常識に充ち満ちた現代社会」で暮らして行くには 「絶えずその場の常識的だと思われる何か になっていなければならない」のだから、そうそうその事実に対して目くじらを立てる必要も無いのかもしれないがね。

 って事で、ちょっと遅くなったので じゃ今日はこの辺で。


 Me   :  なかなか面白かったです。「京都買います」。

敷島社長 :  そうだね。だが、「買います」というわりには一円もお金を払っていなかったのが気になるが・・。

 Me    : そうですね。まあ、その場の飲み代とか、
      ちよっと持ってあげたんじゃないですか。

敷島社長 : そんなもんかね。
     ところで君は、もし朝置きと「私」になっていたりしたら、どうするんた゜ね。
     ミヤコ君が仏像になったんだから、無いとはいえんだろう。

Me   : そうですね。なかなかたのしそうです。いっそ明日の朝からでも。

敷島社長: ええ!そうなのかい!?

Me  :  まず、眼鏡屋さんに行って10本くらい眼鏡を作って、
     ス−ツを20着位あつらえて、ネクタイを50本は買いますね。
     あっ、モチロン「社長」の方にしてくださいね。

敷島社長:  してくださいって言われても。。。

 Me :   で、社用車に黒塗りのリムジンを用意させて
    毎日言いたい放題の会議三昧の日々をおくります。
    たまに全く無関係な他社にいきなり敵対的買収を仕掛けたりして。(うっとり)

敷島社長:  社長ったって株式会社なんだし、そんな楽なものでも・・。
     ま、いいさ、正月なんだしね、楽しい事を考えたって。
     だが、君には「外見的に仏像になる必要はなさそうだ」って事は、よくわかったよ。。。

Me :・・・・・?

おおっと!
猫猫宮 2007/12/8 (Sat.) 12:29:17
いつのまにかこっちも無料版に。
時折書き込まないと無くなってしまう・・・。

[] []

[229] 敷島的「Mixiが上場する、という事について」

猫猫宮 2006/10/3 (Tue.) 01:42:24
 やあ、敷島です。
 
 最近急に雨ばっかりですね。
秋の長雨とはよく言ったものだが、それが夏の長雨だろうが、冬の長雨だろうが、まあ、長雨の時にそう言われればそうかな、なんて思いこんでしまうのが、我々人間の可愛い所でもあり、しょうもない所でもあるがね。

 で、今日は、そのしょうもない我々の一番大切にしている(はす゜の)人間関係のパロメ−タ−である「友情」に関係のある事についておはなししよう。
 といっても、ここから先は「雑記」にのせた部分なのだが、ぷっちゃけ「無いよりはうんとまし」的な発想に乗っ取った上での再録なのでねえ。
ま、「お気軽に」読んでくれたまえよ。

 さてと、本筋に入るが、諸君は先日Mixiという「ソ−シャルネットワーキングサ−ビス会社」が株式市場に上場を果たしたのを知っているかな。
非常な高値を呼んで、大層話題になったがね。
 
 Mixi

 さて、「単なるインタ−ネット上の交友サイトを無償貸し出ししているサ−ビス会社」が上場した事が、どうして高値を呼び、この様な騒ぎになるのか、諸君には解るかな?

 そう、それが普通の企業だったら、その会社の株価が高値を与えられる理由が「業績がいい」とか「将来性がある」とか、「金額に直結する可能性を持つ事」に起因しているね。

 だが、今回の場合は違う。

 いや、「違うように見える」。

だって「Mixi」にあるのは「一般の方々の交流」で、「物を売ったり買ったりする商売じゃない」。

 だが、近頃の世間を読み解くキ−ワ−ドの一つに「広告」がある。
広告とは、自分の売りたい商品をいろいろな方々に売り込むためのいわば「お知らせ」だが、企業がそのお知らせを貼り付ける「掲示板」として目を付けたのが「MIXI」なんだね。
 なぜならここは「招待制」で、「中にお知り合いの方が居ないとはいることが出来ない場所」で、その「身内感覚」のお陰で「口コミ効果を狙いやすい」からだそうだ。

 なかなかやるね、企業側も。

その広告をこうやって「知人関係」を経由させることで「単なる道ばたの掲示板」から「町内会の回覧板」の立場に「昇華」させているわけだからねえ。

 だが、それだって結局は商品が売れないと何の意味もない。そして商品がより売れるためには「より多くの方がその広告を目にする事」が大切だ。
 それはつまり「多くの方が見る=多くの誰かの友人の方々が見る」って事を意味し、結局この招待制の世界においては「よりたくさんのお友達の方の紹介した人物こそ、この企業と広告主に最も貢献した人物」と言うことになる。

 まあ、このサイトの場合は「それが直接招待者に現金収入をもたらすわけではない」から、今はまださほど問題にはなっては居ないがね。

 だが、たとえば1人招待する事に企業から1円受け取ることが出来るとしたら、事情は大きく転換する。

 いや、別に「友達を売った」とかいう意味ではない。
 だが、それはさらに恐ろしい現実を我々に突きつける。
 
 今現在の日本の社会構成においては、「社会的に成功した資産家」が最も上位に位置し、その下の「中〜並」の方々は「貧しいけれど、自分が楽しければいい」と、それを「スロ−ライフ」などと名付けて、それなりに楽しく暮らしてきた。
 だが、その「楽しい暮らし」か゜「並の方々同士で団体で楽しんでいたか」「一人で充実して楽しんでいたか」で大きく明暗をわけることになる。
 そう、「団体活動の方々」はそれぞれ友人をこういったシステムに紹介して「収入を得る」し、「孤高の楽しみ方」をされていらっしゃる方は「ますます転落の一途な人生」を辿られるわけだ。
 たとえば自分が日頃行うのに、「サッカー」と「マラソン」どちらを選ぶか、ただそれだけの違いにしか過ぎないことでね。
 
 いや、「友人は財産」とはよく言ったものだね。
 
 同じ「貧乏」であっても「友達は多い=潜在的に資産がある」から「友達が全く居ない=潜在的資産ゼロ」まで、という「より細分化された貧乏のランク」がここで新たに発生してしまうわけだ。

 つまり、このサ−ビスが上場した日は 

 「人類が今まで無償だと勘違いしていた友情という代物が実は大層金額的に価値のある物なのだ」

と認定され、

 「お金もなく、友達も居ないのが、救いようもない貧乏なのだ」

とランク付けされる時代に向かって大いなる一歩を踏み出した記念日なのだ、とだけ言って、今日はここまでとさせていただくよ。

 じゃ、今日はこの辺で。

Me:はい、こんにちは。
   お久しぶりな上に、この様な「使い回しな文章」でもうしわけありませんね。ほんと。
敷島博士:なに言っているんだね。ちゃんと一部書き直しておいただろう。
Me:はいはい、たしかにね。
   でも絵だって「まんま使い回し」ぢゃないですか。
   こっちは多少「イラストサイト」の面かげを持たせていたというのに。
敷島博士 :そりゃ私のせいでは無いから、苦情は他に言ってくれたまえよ。
      だが、このイラストにだって、良いところはあるんた゜よ。
Me:と、いいますと?
敷島博士:そろそろ敬老の日だろう?
Me:はあ。
敷島博士:で。このイラストサイズは正方形だろう?
Me:はぁ。
敷島博士:だ〜か〜ら〜。
    コレをプリントしてみたまえ。素敵な千代紙になるから。
    これで千羽鶴でも折ってやれば、「オ−ルスタ−登場」で、ジジ様だって大喜びだぞう!
Me:・・・。まあ、私もちょっとおもいましたけど。
    千代紙みたいって。。
    でも、その為にコレを千枚も打ち出すのは、すごくイヤな感じがします・・・。

あれ?
猫猫宮 2006/10/3 (Tue.) 23:50:27
「敬老の日」ってもう終わってました・・ね。。?

[] []

[228] 敷島的「人間とロボットの共存する未来」について−2

猫猫宮 2006/7/9 (Sun.) 18:06:52
 やあ、敷島です。
続きを載せるのに、ずいぶんと時間が掛かってしまって、申し訳なかったね。
なにぶん、ここのところ七夕だったもので、まねいろいろとね。「大人の都合」といったものもあったんだよ。
 では、早速続きをお話ししよう。


 「生徒ロボット」

「教師ロボット」だったら、きっとものすごく早期に実現する事だろう。
特に外国語なんては、発音も完璧、その時々で変わる言い回しだってオンライン更新で楽々。
そうすれば、高額な生身の外国人教師をわざわざ頼まなくても済むようになるね。
 しかも納豆を食べたくない、なんてわがままも言わないし、理想的な外国語教師なんだよ。
実現化が待たれるね。

ただし、今回お話している例ではそれが逆で、教師が人間、生徒がロボットだ。

 生徒がロボット

これは何を言っているか、というとね。
そもそも「教師」という職業は、何かを教える商売だが、その教える対象が「人間の方」だって言うことが肝心だ。
とくに、教師を目指す方々の多くは、その対象を「いまだ教育課程にあるいたいけなお子様の方々」に設定されておられるね。

 いたいけなお子さまの方々

さて、これが問題だ。
だって今し方「少子化が重要な問題になっている」ってお話したばっかりだからね。
だから本来なら「教える対象となる子供が居ないのだからその職業は衰退・消滅」してしかるべきなんだが、環境汚染によるホルモンバランスの変調によってまた何時爆発的に人口が増えないともかぎらないからね。
その時の為に「教師」という職業を保存し、いつでも使うことの出来るように絶えずトレーニングしておく必要があるわけだ。
だって、人類に教育が十分になされなかったとしたら、ゴキブリやミミズたちに勝つことが出来ないだろう? 
 でね、その為に「生徒のプロフェッショナルである生徒ロボット」が誕生するわけだ。

 生徒のプロフェッショナル

 彼らは人類のありとあらゆる生徒の行動や知能パターンをインプットされ、随時その全てのパターンを演じわけることが出来る。
 「一を教えなくても十一を知っている神童」や「超上流階級の鼻持ちならない子息」から、「家では父親がジャージーで寝転がっているごく一般家庭」、「母親が蒸発・父は傘貼りで家計を支える貧乏旗本の跡取り息子の役までをね。
人類の教師達は そうしてそのロボットの彼ら相手に金八先生も真っ青の青春熱血ストーリーを繰り広げていくことになるんだよ。
 時には校内暴力や青い誘惑やらと戦いながらねえ。
 かくして、このようにして子供の居ない社会においても「人類の子供を育て導く教職」は続いていく。
生徒ロボットに「教育」されながらね。。

 なんとも珍妙に聞こえるが、まあ、だがそのデータをインプットするのが人類ならば、そう問題は起こることはないんじゃないかな。
 それに、その頃になれば、生徒ロボットがどこか故障していたとしても全く問題はない。
だって、その「ロボット生徒」と比較する「人類の子供」はほとんど居なくなっているんだからね。
もしかしたら、希少動物となって保護されているかも知れないほどだ。

 つまり、そのように「ロボット」というものが人類の穴を埋める為ではなくて 人類を保存するために働く時がもうすぐやってくるんだ。
 子供を正しい方向に導くために 「ロボット」からその方法をたたき込まれた教師が誕生するのももう間近な事に違いない。

 わくわくするね。

だってその「生徒ロボット」の方々のプログラミングに個人的な裁量が加わって居ないならば、彼らによって仕上げられてくるのは「どんな子供のタイプにも対応する、スーパー教師」なわけだからね。

 え?

だったらいっそ教師をロボットにすればいいって?

 それはきっとだめだ。だって「人類」は地球上の生態系の頂点に立つものだ。
それが「機械に教育された」なんて事になったら、人類としての「誇り」が許さないから、って政府の方々は釈明するだろうが、実際の所「ロボット教師」は「人類」じゃないから「職員採用」ではなくて「備品購入」の扱いになってしまう。
そうすると世の常として「必要の無い部門への予算は認められない」ってことで、子供の居ない社会においては教師ロボットの購入は「認められない」。

 なにせ「無駄なもの」だからね。

 このように、今後は人類のメンツを立てながら、ロボットの社会進出はどんどんと進んで行くことだろう。
 だれか「個人の理想とするロボットのプログラムに」よって動かされながらね。

 その「個人」となるのが一体だれなのか、というのが、実は肝心なのだが、現状として「ダブルクリックもできない発注元」がある限りは、「プログラマーのやりたい放題だ」とだけ言わせていただく。

 人類の明日を担ってみたい、と思われる方はね、今がチャンスだよ。
政治家よりも「ロボットプログラマー」への道を目指したまえ。

 で、次はね。
あと実用化まで5〜10年とせまった、別のロボットの生み出す危機に付いてお話ししよう。
じゃ、今日はこの辺で。

Me :はい、ハッピ−七夕フェスティバルでございましたね、皆様。
    で、今回は1話と2話の間にずいぶんと間があった様ですが。。。
敷島博士:うん、なかなか忙しくってね。
Me  :ああ、決算だったんですか?
敷島博士:まあ、それもあるが、なにせ七夕だろう。
     有効の架け橋をあちこちでねぇ、むすんでいたのさ。
Me  :といいますと?
敷島博士:なにいっているんだね。
     七夕っていったら織り姫と彦星が年に一度会って・・・。
Me  :ああ、ないがしろにしていた織り姫の方々に会いに行っていた、と・・・。
敷島博士:・・・。(なかなか言うようになったぢゃないか。)

※なんかい言い回しにへんな所があったので、なおしときました。
すごくへんでした・・。
[] []

[227] 敷島的「人間とロボットの共存する未来」について−1

猫猫宮 2006/7/1 (Sat.) 23:42:33

 やあ、敷島です。
今日は先日「雑記」にも書いたが、ロボット研究の第一人者の方のお話を聞きに行ったのでね。
 私もいろいろと考えさせられたのでね、
私なりの「ロボット開発と人間の共存する未来」 についてお話ししよう。

 ロボットと共存する未来

 今回講演を拝聴させていただいたHONDAの広瀬真人上席研究員は、社命で「アトムを作れ」って言われてしまったらしいんだが、アトムって言えば、「人間にとって理想的な道徳を兼ね備えたロボット」であって、その本質は「人間よりも人間味がある」ね。

 その「道徳」を彼は自らの意志で行い、しかもそれが心ない人間やロボットに踏みにじられても決してその心が歪むことはない。
 
 だが、それは当然だ。

だって彼はロボット、その行動は全て人間によるプログラムによって行われているからだ。

 人間によるプログラム

この場合はつまり「そのロボットを作った人間の目的にあった、理想的なプログラム」、ってことだね。 

目的にあった

 人間が何かをロボットにさせようとする場合、そこには必ず何らかの目的がある。
 現実的には 災害の救助、警備、介助なんかがあるね。
 SFの世界に範囲を広げた場合は、もうその可能性には限りがない。
いつも冷静で何でも出来て、ピンチの時には自分の身を犠牲にして主人を守る良き相棒。
完璧なプロポーションを持ち、しかも非常にタフだが、決して「○○買って〜」とか「結婚して〜」などどねだることの無い理想の恋人。
まあ、ごく普通に「宇宙船操縦ロボット」や「惑星探索ロボット」だってあるがね。

 だが、幸いにしてか不幸にしてか、現在の我々にはその様な「超SF」な環境がない。

 あるのは「100年前から何も変わらない日常」。
 
 あくまでも「小説」や「映画」というエンターティメントの中でのみ、ロボット達が活動出来ていた環境から、全く代わりがないのだ、人間の社会というのは。

 確かに、その間に飛行機は飛んで離れた地域を短時間で移動できる様になったし、コンピューターによる環境の管理で、快適な暮らしを送ることが出来るようにはなった。
 だが、それはあくまでも、「日常生活」の範疇を出てはいない。
 SF小説や映画の様に、宇宙人が極普通に我々の間をうろちょろしているわけではないし、ハネムーンに月に行くことすら出来ないでいる。
 
 ロボット達の準備は、もう出来つつあるというのに。
 
 すると、今後実際の彼らと我々のつきあい方って一体どういう方向に進んで行くんだろうね。
 恐らく、あともう100年経ったところでこの分ではきっと我々の大半はまだこの地上にうろうろしていることだろうから、その方向に添ってロボット達もより進化・発展を遂げるに違いない。

 その方向

 現在ですら、先進国と区分付けられている国々の「少子化」は止まることはない。
その件について叫ばれている懸念は労働力の不足。
だが、これをロボットが代わりに担うであろう、という事に付いては考えるにたやすい。
 だが、人間にとって少子化の驚異とは、実際は労働力の不足などではなく、もっと本質的に部分にこそ秘められているのではないだろうか。
 想像してみてごらん。このままどんどん人間の数が少なくなって、遂には最期の人間に、「君」がなってしまったとしたら。
 
 おめでとう。君はこれで地球の頂点に立った。
 
 だが、その時君は「幸福感」に包まれることが出来るだろうか。
 ちがうね。
きっと君はその事実を知ったとしたら寂しさに耐えられなくて、どんなに出来損ないの「人間型ロボ」だっていいから、居て欲しいと思うだろう。

 まあ、これについては、以前「AI」という映画で同じような事例が取り上げられていたがね。
 その時はロボット達は「実際の相手を獲得できない可哀想な人間の為に」子供や愛人の役割を果たすんだが、これはまだ良い。
その根底にあるものは「人間を心地よくさせるもの」だからだ。

 だがたとえば、「教職」を望んだ人間が居るとする。
だが、少子化の為に教えるべき子供がいない。
そうなったとき、その人間は「教職をあきらめるしかない」のだが、もしロボットがいれば、もう一つの選択肢が生まれるんだ。

 そう、「生徒ロボット」の誕生だね。

 さて、どこが問題なのか今ひとつ解らないわ−っとなったところで、ちと長くなってきたので、明日また続きお話しさせていただくよ。

 じゃ、今日はこの辺で。

Me:大分久しぶりになりましたが、やっと更新できました。
   今日は、「M世界」で連載中の「渡る世間は敷島ばかり」のワンシ−ン。
   敷島隆君が「次元移動」をするところ。
   なんと、ばらばらになって原子単位で次元の壁をこえていくんですのよ!マジカル〜(笑)
[] []


[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [次の5件]

[「敷島な日々TOPペ−ジへ」] [検 索] [削除用] [SIKISIMA's-Lab]

OekakiBBS ver.2.80 (C)OekakiBBS.com, All rights reserved.